よい子のラノベ教室

ラノベ作家デビューをたくらむ会社員が   読んだり書いたり

これなら最後まで書き切ることができるかもワザ

今頃、書き上げた原稿の推敲を終えて、10月末の新人賞応募に向けて最後の文字校正をやってる頃だったはずなのに。

なんでまだ「1人称と3人称、どっちがいいんだろ」とか考えてるんだろ俺。

いや、終わったことはクヨクヨしない。

来年の春に向けて書こう。

とは言え、同じ過ちをくりかえさない為にも反省は必要。

 

今回、と言うか、去年(もう1年経つのか・・・)、

本プロジェクトを始める際、結構細かいプロットを作った。

それがないと途中で頓挫するとの先人の教えから学んでのことで、

当初、確かにそれは成功するかに見えたが、現実問題、途中で止まった。

 

要因はいくつかあるが、その一つに思い当たりがある。

「ノリノリで書ける」ところと「(あまり面白くなくて)書けない・書きたくない」ところがあり、後者の筆が進まずポッカリ空いてしまうことだ。

ストーリー全体としては自分なりにそこそこ納得いくものだと自負しているのだが、

ところどころ、説明が多くなるパートや、物語の進行上、地味だけど書いておかなければいけないパートが出てくる。

プロならそんなところも、そうとは気づかせないで面白く読ませるのだろうけれど、初級者にはそんな、頭から尻尾まで面白い話は到底考えられない。

よね?

 

ストーリー全体から俯瞰してみると、その部分は「一部分」にしか見えないので、「まあ、ほかが面白ければ、これくらいは勢いで乗り切れるっしょ」と、軽く考えてします。

しかし実際にそこを埋めようとすると、その「一部分」が実は多い分量であることを知る。例えば10ページとかあるいは20ページとか、「気が進まない」パートを書くことになる。

下手したら「6章構成のうち、2つの章はつまらないけど必要」みたいなこともある。こうなると50ページほど暗黒期間に突入する。

これはきつい。

書き手が辛いんだから、ここを読者(審査員)が読んでくれるとは思えなくなる。となるとこのパートだけでなく、この作品自体が、読むに値しないものに思えてくる。

で、そうした大きな穴がいつまでも埋められず、書き切れない。

だって、そこを書けば書くほど、自分の書いたものが面白くなくなるんだから。

 

じゃあどうするか。

思いつきだが、「大きな話」を「たくさんの小さな話」に分けてはどうだろう。

面白くない、地味な部分をなくすことは難しい。

だったら、その部分を小さく分散させればいいのではないか。

例えば6章構成の物語だとする。

もちろん6章全体で物語を語ることも大事だが、その視点だけだと、どこかの章とか、どこかで大きな塊が、「つまらないパート」になる可能性がある。

だから、6つの各章それぞれを、きちんとその章だけで楽しめるよう独立させる。

「ここは次の章への繋ぎだから」と軽んじる章は作らず、全体の物語の流れを踏まえつつ、各章で独立して楽しめる筋書きにする。

もちろん「つまらない部分」は残るが、小分けにされた分、小さくなるはずだ。

何十ページも「つまらない部分」を書く(読む)のはきついが、数ページだったら、なんとか飲み込めるのではないか。

ピーマンが苦手な人にも、みじん切りで食べさせればワンチャンいけるんじゃね?的な理屈。

 

まあ、言うは易しと言うことで、今からその手術に取り掛かるっす。

『拝啓、本が売れません』はラノベ志望者の参考になる

nukaga-mio.work

 

本書を手に取った主な理由は、ラノベの参考にしようと思ってのことではなく、

ブログ主も出版業界の片隅で息をしているから。

なぜ本が売れないのか、ということは、10年以上の悩みの種だ。

それをテーマにした本が売れるとは到底思えないんだけど、

職業的な関心と、著者の経歴に注目して買って見た。

著者は25歳で松本清張賞小学館文庫小説賞を受賞している。

ある意味、小説家になりたい人からしてみれば、マラソンのゴールテープを1着で切ったように見えるご経歴だ。そんな著者をして、本が売れないと嘆くのかあ、と傷跡を舐めてみたい衝動を抑えきれずに読み始める。

 

で、240Pくらいの単行本を1時間ちょっとで読み終えた。

あまり文字数もなく、文章も読みやすいので、あっという間だ。

 

正直、書店さんに取材したくだりや、映像関係者やウェブ関係者に取材したくだりは、参考にならなかった。ふ〜ん、って感じ。

しかしながら、いくつか「ふむふむ」とページの端を折ってメモしたことも。

 

まず、この著者曰く、すべての出版社の編集者が同じことをいうそうだ。

それは「もっとわかりやすく」。

言いすぎる、説明しすぎるほどしろ、と。

これは覚えておこう。手を抜いてはダメなのだ。

 

あとは、キャラクター。

これは、取材をした三木一馬もそう言っているし、新潮nextの趣旨にもそうあるのだが、「現代の面白い小説=キャラクター」が鉄板らしい。

そして、ラノベはその最たるものらしい。

なるほど、以前、住野よゐがラノベ作家ではないかと疑った事がある。

それは文体がそうだったからだが、ラノベか否かは文体ではないのだ。

ぶっ飛んでるキャラクターの有無。

ブログ主の中でも、これは非常に有益な示唆であった。

 

最後に。

著者の額賀氏が読者対象として、「中学生の頃の、教室の片隅で、本を読んでいた自分。あの子が、その本を通して、だれかと交流できたらいいな」というようなことを書いていた。

これも大変、いい視点だと思う。

読者対象を、現在の自分にしてしまうと、色々問題がある。というか無理が生じる。

ブログ主も、あの頃の自分に、届けるつもりで書いてみようと思う。

 

 

 

答えは彼らが知っている(かも)

ブログの更新もさることながら、ラノベの執筆も今年に入って完全ストップしていた。

言い訳になるが、本当に、いろいろあったのだ。

2月までは子供の受験、3月からは頚椎症を患い、執筆どころではなかった。

ようやく4月に子供も無事進学し、首の痛み(というか左腕の痺れ)にも慣れてきたので(治ったとは言ってない)、GW中に執筆計画を立て直すべく、久々に取り組んだ。

昨年までに作り込んだプロットをもとに。

 

GWも家族サービスやらなんやらで、実際に執筆に当てられたのは合計10時間くらいだが、全体の5%くらいは進んだ。

 

そこで得た気づきを1つ。

プロットは基本変わらないのだが、キャラ設定に迷いがあった。

しかも主人公。

主人公の設定、しかも、そいつを主人公にするか、男にするか女にするか、そんな根幹に関わるところで迷っているのだ。

これは過日のエントリーでも触れたことがあるが、なかなか厳しい。

サブキャラならともかく、主役なので、あとで書き換えるとか至難の技。

 

でも今回、割と上手く行きそう。

 

最初にこの問題にぶち当たってから半年くらい立つが、

今回、ふと「こんなキャラ設定にしてみよう」と思いついたことがある。

これは、天啓としか言えない。

(大したアイデアではないのだが)

で、その設定を借り決めして、今回執筆してみた。

ただし、これまでと、今回は、事情が異なる。

 

これまでは「ザーッと、ト書き風に流れを書く」しかやってこなかった。

このGWは、きちんと自分なりに最善の地の文も書いた。

(もちろん後で推敲しまくり必至)

するとどうなったか。

その設定がかなりしっくりきて、キャラもストーリーも深みを帯び始めた。

基本プロットはそのままだけど、より太くなった感じ。

 

これはただのラッキーかもしれない。

多分、そう。

でも、正解か否かなんて最初からわからない、いや、最後までわからないから、

だったら「仮」ではなく「全力」で、ある方向でしっかりと書き込んでみれば、

「意外にいけそうだな」「やっぱりこっちは無理だな」と見えてくるものがあるらしい。

頭の中でシミュレーションしてそうしたジャッジができるプロもいるだろうけど、

それができないなら、手を動かす。

手を動かすことで、自分なりに、世界や登場人物を生み出してみる。

そうすると、彼らがその答えを教えてくれる。こともあると思う。

 

ちなみにキャラ設定の他に、一つまだ、迷いがある。

ラスト直前の大きな分岐点。

あるアクションを主人公に取らせるか、もう一人の登場人物に取らせるか。

これは、その主人公が最初から最後まで狂言回しに徹するのか、それとも主人公が物語の中で成長するのか、本のテイストを決める重要なポイントになる。

これについては今でもブログ主は決めかねているが、

もう頭の中でシミュレーションはしないことにした。

 

100時間以上かけて、彼ら、あの世界を書いて行く。

そうすれば彼らが教えてくれるだろう。

教えてくれなかったら文句を言ってやる(笑)

 

それくらいの気持ちで冒険に出よう。

 

 

毎回振り返るべき3か条

1。もっとバカになれ。極端になれ。女の子が3Fの校舎から飛び降りて着地するストーリーでも構わない。漫画、アニメを描くのだ。純文学にしようと思うな。

2。とんでもないキャラにしろ。キャラとは個性だ。普通の人の普通の反応はだめ。漫画のような奴に、漫画のような思考と行動をさせ、漫画のような反応を生み出せ。

3。アクションシーン、濡れ場(萌シーン)、大掛かりなセットのシーンを意図的に入れろ。ぼやっとしてると、日常風景の立ち話が延々と続くぞ。

 

この●ケ条は今後も足していこう。

 

書き終えることが大事。

今日は、本格執筆の下ごしらえ。

アウトラインソフトのサンプルをマックにインストール。

構成から執筆まで、これで多少環境改善がなされたはず。

 

ということで50シーンをざっと書き連ねてみた。

まだ「面白さ」が薄く、何とか筋書きを追うだけみたいな構成だが、

そこはここから手を加えていくしかない。

 

「とりあえず、書き終えろ」という言葉を、ある作家のインタビューで読んだ。

その作家は、500枚くらい書いた原稿がボツになったことがあるという。

それは辛いことだが、その経験は、同時に進めていた小説に生きているらしい。

そして「書きかけの小説をいくら書いても、うまくならない」と言っていた。

 

うん。

書き上げよう。

つまらないかもしれない、誰も読まないかもしれない。

そう思うと、筆が止まる。

実際につまらないと感じるし、誰かが読む可能性は極めて低いから。

孤独な、一人ぼっちの闘いだ。

でも、怖がるな。

いや、怖がってもいい

歩くのは止めるな。

 

もし、結局何もかもがダメだったとしよう。

でも死ぬときに、「5回書き上げてもダメだったな」と思うのと、「一度も書き上げなかったな」と思って死ぬの、どちらが後悔する?

前者なら諦めがつくが、後者なら諦めきれないだろう。

自分の人生に後悔を残さないためにも、立ち止まるな。

最下位のゴールでもいい。

とにかく完走せよ。

感想文13冊目『トーキョー下町ゴールドクラッシュ』は池井戸潤だった

www.kinokuniya.co.jp

 

色々あってラノベ制作が手付かずになったが、そろそろ復活しようと思い、まず試運転がてら何冊か読み直そうと思った。

で、実際に応募する賞の受賞作を研究しようと考えガガガと電撃の過去受賞作を7冊大人買いした。その内の一冊。

 

おそらく、現代を舞台にして、主人公が学生ではないラノベを読むのは初めて。

それも参考になるかと思い、読んでみたのが第22回電撃大賞の本作。

さぞかしすごいんだろう、と思いきや、普通だった。

 

普通だった、の意味は、よくも悪くもである。

まず「悪くも」から。

内容は、はっきり言って池井戸潤の普及版というか、その、池井戸潤もどきというか、そんなんだ。ざっくりいうと、企業や証券をめぐる経済サスペンス。

ブログ主は、この世界にほんの少し近いところに住んでいるから書いてある内容に親近感があったが、果たしてこれが、いわゆるラノベ読者層に受け入れられるのかどうか疑問である。これが好きなら池井戸潤真山仁を読むべき。取り立てて経済サスペンスとしての質が高いとは思えないし、キャラクターや世界観にエッジが立っているわけでもない。

次は「良くも」について。

文章のこなれ感はある。というか、この人本当に新人なんだろうか? 非常に読みやすく、「小説で10年食ってます」と言われても納得するレベル。すごくうまい、すごく面白い、というわけではないが、普通に読みやすく書き慣れている感じ。

アマゾンのレビューには「文章も最悪」みたいに書かれていたが、それほど突出して悪いとは思わなかった。もっと悪いのはざらにあるし、むしろ推敲に推敲を重ねた文章だと思う。

 

おそらく著者は40代以上だろう。

作品の舞台や登場人物、セリフの言い回しから、若さは感じられない。

ブログ主もその世代なので、この見立てはまず間違いない。

不思議なのは、なぜこれが大賞をとったか、である。

ケチをつけるつもりはないのだが、ラノベという感じはまるでしないのだ。

電撃大賞は、ラノベの賞ではない、ということなんだろうな。

この著者にどんな可能性を感じて、どういう趣旨で、大賞を贈呈したのか。

そこが良く分からない。

専業作家でない強み(及び弱み)

今月に入って、一切ラノベのことは考えていない。

なぜなら勤め先の成績がグンと下がってるからだ(笑、いや笑えない)

このままじゃクビになる、シャレにならん。

ということで、しばし仕事に精を出してる。

 

もともと、仕事でちょっとスランプ気味だったから、「目先を変えて楽しいことでもするか」とラノベ執筆を思い立ったんだよね。思い出した。

でも、仕事から逃げて仕事がうまくいくわけもなく、相変わらず低空飛行を続け、いよいよこのままでは墜落だなと気づいたのが8月末、前回のエントリーを書いた直後あたりかな。

で、今なんとか挽回しようと頑張ってる(仕事を!)

 

そんな覚悟でラノベが書けるのか、と言われれば、マジでごめんとしか言えないんだが、これが働きながら書く者の強みでもある。だって、書けなくても、食べていけるんだから。これは大きいよ。専業で作家になったら、書かないと食べれないし、書いても売れなければ食べれないんだから。

主は、マンションのローンも子供も背負ってるんだから、専業は無理なんです。

 

ただし、その分自分でプレッシャーをかけないといけない。

誰も「書け」って言ってくれないしね。

もちろん、書き続ける。

 

あれほど思い悩んだプロットから10日ほど離れてみて、いいこともあった。

冷静に、客観的に、見ることができるようになった。

「このネタを入れなきゃ、でも無理があるような」

「このキャラ、どう扱えばいいんだ」

とか、ウンウン唸っていたポイントも、

「別にいらないんじゃね?」

「こいつ、外してもいいんじゃね?」

と、結構クールな頭で判断できるようになった。

 

ネタは寝かせたほうがいい、ってのは本当だな。

こういう芸当も、専業じゃないから許されるのかもしれない。